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第4回 10/15(金)「ソ連製メロドラマ映画と住宅」本田晃子(岡山大学)
メロドラマの主要な舞台――それはもちろん住宅です。しかし十月革命以降、ソ連では従来の意味での「家」は否定されました。社会主義のイデオロギーの下では、それは経済的負担によって労働者を隷属化する要因であり、社会よりも自らの家族を優先するエゴイズムや、女性を社会から切り離す封建的家父長制の温床とみなされたのです。

それでは、「反・家」を掲げたソ連政権によって生み出された住宅とは、どのようなものであったのでしょうか。たとえば1920年代から1930年代にかけて、ソ連では家族ではなく労働者の共同体(コミューン)のための集合住宅が実験的に建設されました。他方多くの都市住民は、深刻な住宅難のために、本人の意志とは無関係に共同生活を強いられました。彼らが住んだのは、革命前の貴族やブルジョワの邸宅を改装した、「コムナルカ」と呼ばれる集合住宅です。政府によって接収されたこれらの邸宅は、ベニヤ板などで小さな部屋に区切られ、そこに一家族が押し込まれました。台所や浴室は共有でしたが、住人の数に対してこれらの設備は貧弱であることが多く、しばしば住民間の諍いの種となりました。ただ一方で、コムナルカは映画に格好の舞台を提供しもしました。全く異なる出自や社会階層の人々が、互いに衝突しながら共に生活するコムナルカの空間は、メロドラマにうってつけだったのです。

しかしスターリンの五カ年計画や第二次大戦を経る中で、「家」や家族の位置づけは大きく変化します。ソ連の住宅の歴史の一大転換点となったのが、ニキータ・フルシチョフの登場でした。彼はスターリン時代の住宅政策を批判し、家族単位の集合住宅の大量生産・大量供給を自らの政策の筆頭に掲げました。そして実際フルシチョフ時代には、日本でいうところの「団地」に相当する、「フルシチョーフカ」と呼ばれる鉄筋コンクリート造の集合住宅が次々に建設され、ソ連全土の景観を一変させました。けれどもその一方で、これらの住宅は当初の社会主義住宅の理念をほとんど失って、西側諸国の団地と大差のないものになってもいました。これらフルシチョーフカで展開されるメロドラマも、「ソ連らしさ」を失って、家族間の葛藤を主題とする、西側と同じような内容の作品が増えていきました。

本講義では、このようなソ連の住宅史を背景に物語が展開する、ウラジーミル・メニショフ(1939-2021)の映画『モスクワは涙を信じない』(1979年)を中心に取り上げ、ソ連のメロドラマ映画の中で住宅がどのように描かれ、どのような役割を演じてきたのかを分析したいと思います。

Oct 15, 2021 06:00 PM in Osaka, Sapporo, Tokyo

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Speakers

本田 晃子
准教授 @岡山大学大学院社会文化科学研究科